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東京地方裁判所 平成10年(行ウ)9号 判決 2000年7月31日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用のうち、参加によって生じた部分は原告補助参加人の負担とし、その余は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、墨田区に対し、金二万六八八〇円及びこれに対する平成一〇年三月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えのうち、原告すみだ市民オンブズマン会議に係る訴えを却下する。

(二) 原告すみだ市民オンブズマン会議と被告との間に生じた訴訟費用は原告すみだ市民オンブズマン会議の負担とする。

2  本案の答弁

主文同旨

第二事案の概要

東京都墨田区では、平成八年一〇月二三日、同区をはじめとして、通商産業省、国土庁、東京都ほか一五の関連業界団体の後援のもとに、すみだファッションタウン推進協議会及び財団法人日本ファッション協会共催の「日本のオリジナルファッションを世界に」と題するシンポジウムが、江戸東京博物館ホールにおいて、開催され、職務専念義務の免除及び給与減額の免除を承認された墨田区の職員も、聴衆として参加した。

本件は、墨田区の住民であると主張する原告らが、墨田区職員一三名についてされた右の職務専念義務の免除及び給与減額の免除の各承認は、いずれも違法であり、その結果、これらの職員に給与を減額することなく支給したことも違法であるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号前段に基づき、墨田区に代位して、被告に対し、右の勤務しない時間に係る給与相当額の損害賠償を求めた事案である。

一  関係法令の定め

1(一)  地方公共団体の一般職に属するすべての地方公務員(以下「職員」という。)は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たっては、全力を挙げてこれに専念しなければならず(地方公務員法三〇条)、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない(同法三五条)。

(二)  墨田区は、「職員の職務に専念する義務の特例に関する条例」(昭和三三年墨田区条例第一三号。以下「職免条例」という。)を設けて、職員は、次の各号の一に該当する場合においては、あらかじめ任命権者の承認又はその委任を受けた者の承認を得て、職務専念義務を免除されることができる旨を規定している(同条例二条)。

一  研修を受ける場合(同条一号)

二  職員の厚生に関する計画の実施に参加する場合(同条二号)

三  特別区人事委員会が定める場合(同条三号)

(三) そして、右の職免条例二条三号の規定を受けて、特別区人事委員会は、「職員の職務に専念する義務の免除に関する規則」(昭和五三年特別区人事委員会規則第一四号。以下「職免規則」という。)を設けて職務に専念する義務を免除される場合を定めているが、同規則においては、「職員がその職務上の教養に資する講演会等を聴講する場合」も、免除事由の一つとして規定されている(同規則二条五号)。

2 他方、職員の給与は条例で定めなければならないとされ(地方自治法二〇四条三項、地方公務員法二四条六項)、墨田区においては、「職員の給与に関する条例」(昭和三三年墨田区条例第一九号。以下「給与条例」という。)が定められているが、職員の給与は、その職務と責任に応ずるものでなければならない(同法二四条一項)ことから、同条例においては、職員が勤務をしないときは、その勤務しない一時間につき、同条例一九条に規定する勤務一時間当たりの給与額を減額して給与を支給することとされている。

しかし、職員が正規の勤務時間に勤務しないことにつき給与の減額の免除を申請し、任命権者からその承認があった場合は、右の減額を行わないものとされ(同条例一五条一項)、その承認の基準については、人事委員会が定めるものとされている(同条二項)。

これを受けて、特別区人事委員会は、「任命権者が職員の給与の減額を免除することができる場合の基準」(昭和五三年特別区人事委員会規則第一五号。以下「給与減額免除基準」という。)を定め、「職員がその職務上の教養に資する講演会等を聴講する場合」には「その都度必要と認める時間」について承認をすることができるものとされている(同基準二条、別表第一17)。

3 職員に対する給料は、月の一日から末日までの期間(以下「給与期間」という。)につき、給料月額の全額を月一回支給され(給与条例七条一項)、給与期間のうち区長の定める日である一五日に支給される(同条二項、職員の給与に関する条例施行規則(昭和四〇年墨田区規則第三八号)二条一項本文)。

ただし、給与条例一五条に規定する給与の減額は、減額すべき事実のあった日の属する給与期間のものを、その給与期間又は次の給与期間の給料支給の際に行うこととされている(職員の給与に関する条例施行規則七条一項)。

4 地方公共団体の長、議会の議長等の法令又は条例に基づく任命権者は、それぞれ職員の任命、休職、免職及び懲戒等を行う権限を有している(地方公務員法六条一項)。

二  前提となる事実

1  墨田区の施策

(一) 墨田区内における中小製造業を大別すると、金属製品、機械器具及びプラスチック・メッキの半製品や部品加工などの機械金属関連産業と、ニットやシャツなどの衣料製品、鞄や靴、袋物、アクセサリー、ガラス、琺瑯などを包括するファッション関連産業とに集約することができ、現在、墨田区は、機械金属関連産業とファッション関連産業とを中心とする中小製造業の一大集積地となっている。

(当事者間に争いがない事実)

(二) 墨田区は、右のような区内における地場産業の特性などを踏まえ、中小・零細企業の産業活動を支援することが区民生活の安定及び向上と福祉の増進並びに墨田区全体の活性化にも寄与し得るものとの判断に立って、昭和五四年に「墨田区中小企業振興基本条例」(昭和五四年墨田区条例第一七号)を制定して中小企業振興の基本方針、振興施策の大綱及び区長の責務等を明らかにし、昭和五六年に策定した「墨田区基本計画」(平成元年及び平成六年に改定)では、墨田区の中小産業振興策を体系化し、同計画に基づき諸施策を実施してきた。

(当事者間に争いがない事実)

(三)(1) すみだファッションタウン推進協議会(以下「本件協議会」という。)は、平成五年一〇月一八日に設立されたものであるが、同協議会は、その事業の一部として、すみだファッションタウン構想の策定及びその推進、「日本のファッションの未来を語る」と題したシンポジウム(平成六年一一月一〇日開催)や「すみだファッションタウンへの提案」と題したシンポジウム(平成七年一一月二一日開催)等のシンポジウムの開催、季刊誌「すみだファッションタウン通信」の発行等の活動を行っている。

(乙四ないし乙六の三)

(2) すみだファッションタウン構想基本構想は、二一世紀に向けて発展し、活力溢れる「ファッション産業都市」、住んで、働いて、訪れて快適で魅力的な「ファッション生活文化都市」、都市全体を経営的に捉える都市経営戦略の考え方を取り入れた「ファッションタウンの都市経営戦略」を基本的な検討方針に据えた上で、これらの検討事項を実現した都市イメージとして、「最先端都市型ファッション産業発信都市」、「日本・EDO(江戸)文化都市」、「国際人・国際品創造都市」の三つの都市を標榜している。

(乙四)

2  本件シンポジウムの内容

(一) 前記のとおり、本件協議会は、各種のシンポジウムの開催をその業務の一環として行っていたところ、平成八年一〇月二三日、江戸東京博物館ホールにおいて、「日本のオリジナルファッションを世界に」と題するシンポジウム(以下「本件シンポジウム」という。)を、通商産業省、国土庁、東京都、墨田区ほか一五の関連業界団体の後援を得て、財団法人日本ファッション協会と共同で主催した。

(当事者間に争いのない事実)

(二) 本件シンポジウムは、すみだファッションタウン構想において触れられている、一九世紀のヨーロッパ芸術やファッションに多大な影響を与えた江戸文化の神髄・心・精神を見直し、そのエッセンスを現代に活かし、オリジナリティ豊かな生活文化を創り上げ、墨田区ならではのモノづくりを推進していくことを企図し、「日本のオリジナルファッションを世界に」をテーマにして開催されたものであり、その内容は、次のとおりである。

(1) 基調講演「世界のファッション潮流とジャポニスム」

服飾文化の専門家である京都服飾文化研究財団チーフキュレーターが、ジャポニスム、ネオジャポニスムがヨーロッパにおいて、どのように受け止められてきたか、また今後のジャパンクオリティの方向性を、どのように捉えていくかについての講演を行った。

(2) 特別講演1「江戸市民のファッション感性」

江戸風俗研究家が、都市「江戸」における江戸市民の「枠」、「通」の極意と現代における江戸型のファッションライフの実践法について、墨田区となじみのある「葛飾北斎」等の話を交えて講演を行った。

(3) 特別講演2「ファッション立国する二一世紀の日本」

ファッションタウン構想を提言し、その進展に支援を行っている通商産業省生活産業局繊維製品課長が、二一世紀におけるファッション立国を目指すために、今後のファッション産業のあるべき姿と実現性に向けた取り組みとして、ファッションタウン構想という施策の有効であること、墨田区がファッションタウンとしてふさわしいことなどについての講演を行った。

(4) シンポジウム「江戸文化の感性とまちの活力がジャパンクオリティを育む」

前記チーフキュレーター、繊維製品課長ほか五名のパネラーが、江戸文化の感性とまちの活力が世界に誇ることのできるジャパンクオリティをどのように育んでいくか、墨田区をはじめとする製造業等の産業の現場において、江戸文化をどう活かし、今後どのように反映していくか等について、それぞれの立場から意見交換、提案を行った。

(乙五の三、同一二、当事者間に争いのない事実)

3  職務専念義務の免除及び給与の支給

(一) 墨田区は、本件シンポジウム開催に当たり、墨田区商工部長名をもって、墨田区の全職員に対し、地方公務員法の定める職務専念義務を免除することを告げて、本件シンポジウムへの参加を呼びかけた。

(当事者間に争いのない事実)

(二) 右呼びかけに応じて、墨田区の職員一三名(以下「本件職員」という。)が、本件シンポジウムへの参加を理由として、平成八年一〇月二三日の午後一時一五分から午後五時一五分までの職務専念義務の免除を、同月二二日又は二三日に申請し、右各同日、「職員の職務に専念する義務の免除に関する事務取扱規程」(昭和四七年墨田区訓令甲第一二号)二条に基づいて任命権者から承認権限を委任されている本件職員の各所属課長から、右各免除の承認(以下「本件職務専念義務免除承認」という。)を得て、右申請に係る時間、本件シンポジウムに参加した。

(当事者間に争いのない事実)

(三) そして、本件職員に係る給与減額免除の承認(以下「本件給与減額免除承認」という。)も行われたことから、本件職員に対する給与は、次の給与期間の給料支給の日である平成八年一一月一五日に、同年一〇月二三日の午後一時一五分から午後五時一五分までの四時間に係る給与額を減額することなく支給された(以下「本件支給」という。)。

(当事者間に争いのない事実)

(四) 本件職員が所属していた課の所掌業務ないし現に従事していた担当事務の内容と本件シンポジウムの内容とは、直接かかわりがあるものではなかった。

(弁論の全趣旨)

4  当事者

(一) 原告A、選定者B及び補助参加人は、墨田区内に住所を有する住民である。

(甲四)

(二) 被告は、本件職務専念義務免除承認、本件給与減額免除承認及び本件支給が行われた当時、墨田区長の地位にあり、本件職務専念義務免除承認、本件給与減額免除承認並びに本件支給に係る支出負担行為及び支出命令の権限を法律上本来的に有していた。

(弁論の全趣旨)

5  原告A、原告すみだ市民オンブズマン会議及び選定者Bは、平成九年一〇月二一日、墨田区監査委員に対し、監査請求をした。

これに対し、同区監査委員は、同年一二月一八日付けで、原告A及び選定者Bに係る監査請求を棄却したが、原告すみだ市民オンブズマン会議に係る監査請求については、墨田区の住民であることが確認できなかったとして、請求人と扱わず、そのため、原告すみだ市民オンブズマン会議に対しては、監査請求結果を通知しなかった。

原告すみだ市民オンブズマン会議は、原告A及び選定者Bとともに、右監査請求をした日から六〇日を経過した日から三〇日以内であることが明らかな平成一〇年一月一六日に、当裁判所に対し、本件訴えを提起した。

(甲三、当事者間に争いがない事実、当裁判所に顕著な事実)

三  当事者の主張

(原告ら及び補助参加人の主張)

1 本件支給の違法性

(一)(1) 職免規則二条五号は、「職員がその職務上の教養に資する講演会等を聴講する場合」には、職務に専念する義務を免除されるものとするが、職免規則二条各号は、いずれも限定された厳格な基準が設けられているというべきであり、右の「その職務上の教養」の要件を広く地方公共団体の職員であれば習得しておくべき教養というように拡大解釈することは職員の職務専念義務を定めた地方公務員法三五条を空文化するものであるから、「その職務上の教養」の要件は、条文に忠実に職員の各職務に関連する教養に限定して解釈すべきである。

すなわち、すべて公務員は全体の奉仕者として絶えず自らの資質向上、教養充実につとめる責務があるというべきであるが、一方で、すべて公務員は職務専念の義務が法定されており、その規定は遵守されなければならない。右に照らせば、公務員としての資質向上及び右に伴う一般成人としての教養充実への責務は、右職務専念の義務にかかわらない余暇の利用を通じて日常果たされるべきであり、「その職務上の教養」とは、職免規則二条の他の各号に明示されているとおり、その条文の文言どおりの当該職員が現に従事する担当事務に必要な知識、技術、理論の学習等であると限定的に解釈すべきであり、人事の異動、配置転換等があり得ることを前提にした解釈をすることもできないものというべきである。

(2) 本件シンポジウムの内容は、「江戸のファッション」という専門的かつアカデミックに過ぎるものであって、本件職員の職務内容に照らしても、その職務遂行能力、公務能率の向上に資するといえないことは明らかである。

(3) そして、本件シンポジウムへの参加は、職免条例及び職免規則の定めるその他の職務専念義務免除のいずれの要件も満たさないものであり、給与減額免除基準別表第一の定める給与の減額の免除を承認することができる場合にも当たらないから、結局、平成八年一一月一五日に、給与の減額をすることなくなされた本件支給は違法である。

(二)(1) 本件協議会は、墨田区内の、国際ファッションセンターの建設予定地に隣接する「ファッションセンター仮事務所」と表示する建物に、国際ファッションセンター株式会社及び墨田区商工部ファッションセンター課とともに入っているものであり、職員もその大部分が区職員の兼務であり、本件協議会、国際ファッションセンター株式会社及び墨田区は一体不可分の関係であった。

(2) そもそも、国際ファッションセンター建設を計画するに当たり、通商産業省専門官、業界代表、大学教授など学識経験者及び建物設計者等によって構成される諮問委員会は八階建ての建物とするとの内容の答申をしたにもかかわらず、墨田区長は、これを無視して二五階建ての建物とする案を強行した経緯に照らせば、国際ファッションセンター建設は、自治体の経費は必要かつ最少限度の支出にとどめなければならないとする地方財政法四条の規定に違反して違法というべきである。

(3) また、墨田区議会から、ファッションセンター計画には多くの無理、疑問点があり、計画中止が相当であるとの意見や墨田区の極端な財政状況悪化の原因が主として巨大建物を中心とする土建偏重行政にあるとの批判がなされ、町内会、新聞・雑誌などのマスコミ、区の職員団体等からの批判も続出したが、国際ファッションセンター株式会社の経営破綻が明らかとなり、五〇億円の追加融資の実行を余儀なくされていた墨田区は、特に墨田区議会及び職員団体からのファッションセンター計画への批判を封ずる方策を採ることを迫られていた。そのため、本件協議会は、本件シンポジウムを開催し、墨田区は墨田区商工部長名で、異例の墨田区職員に対する本件シンポジウムへの参加の呼びかけを行った。

(4) 以上によれば、違法なファッションセンター計画への批判を封じ、これを後押しするという違法不当な目的に基づく本件シンポジウムの開催も違法であるから、本件シンポジウムへの職員動員のためにされた本件職務専念義務免除承認及び本件給与減額免除承認は違法であり、給与の減額をすることなくなされた本件支給もまた違法である。

(三) 本件に際しては、墨田区商工部長名で、墨田区の全職員に対し、本件シンポジウムへの参加者には職務専念義務の免除を行うとの通知をし、さらに、各部課に参加者名簿の提出まで求めているところ、かかる状況では、本件職務専念義務免除承認につき、本件職員に係る承認権者たる本件職員の各所属課長は、「職務上の教養」に当たるか否か等の要件審査の裁量権を行使し得る状況にはなかったものであり、承認要件の審査を十分に行わなかったものであるから、本件職務専念義務免除承認は違法であり、給与の減額をすることなくなされた本件支給は違法である。

2 以上のとおり、本件支給は違法であるところ、給与の減額をすることなく支給された給料額は、墨田区職員の最低月額給料を基に算出すると、二万六八八〇円となるから、被告は、右と同額の損失を墨田区に与えたものとして、損害賠償義務を負うものと解すべきである。

3 よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号前段に基づき、墨田区に代位して、被告に対し、右損害金二万六八八〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年三月二一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を墨田区に対して支払うことを求める。

(被告の主張)

1 本案前の主張

(一) 原告すみだ市民オンブズマン会議は法人格のない社団であるところ、法人格のない社団については、地方自治法二四二条の二にいう住民に当たらないから、本件訴えのうち、原告すみだ市民オンブズマン会議は原告適格を有していない。

(二) また、原告すみだ市民オンブズマン会議は、事務局を墨田区内に置いているものの、会員資格については墨田区に住所を有する者に限定しておらず、原告すみだ市民オンブズマン会議の代表者であるCは、墨田区内に住所を有していないほか、住所及び氏名を明らかにしていない会員が複数存在する団体である。

さらに、原告すみだ市民オンブズマン会議の代表者であるCは、本件訴訟の前提となる住民監査請求を行う直前に代表者となり、同人のみが同会議の代表者として本件訴訟を提起し、訴訟活動を行っているものであり、他方、同人は、その他の活動については、代表者となっていない。

そうすると、原告すみだ市民オンブズマン会議は、専ら、住民監査請求及び住民訴訟を行うことを目的として設立されたものであって、墨田区内に住所を有しない者も会員や代表者になることができるもので、そのような者が主体的、主導的に墨田区の財務会計上の行為の適否等を問題として住民監査請求及び住民訴訟を提起するに際して、住民要件を具備することを可能にする団体というべきであり、当該地方公共団体の住民のみが住民訴訟を行うことができるとした地方自治法の趣旨を潜脱するものである。

(三) したがって、原告すみだ市民オンブズマン会議に係る訴えは、不適法である。

2 本案の主張

(一)(1) 職免規則二条五号の定める「その職務上の教養」とは、地方公務員法三五条が、職員は、当該地方公共団体のなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならないものと定めること、職員は当該地方公共団体の組織内部で異動することが当然予定されていること、地方公共団体が処理すべき事務の性質上、担当する事務がそれ以外の事務と全く関連性がないとは一概にいえない場合が多いこと等からして、当該地方公共団体が処理すべき事務(平成一一年法律第八七号による改正前の地方自治法二条三項)等に関連するもので、当該地方公共団体の職員であれば一般的に習得しておくことが必要又は有益な知識、見聞等を広く意味するものと解すべきである。

(2) また、職免条例は「研修を受ける場合」(同条例二条一号)とは別に三号で「特別区人事委員会が定める場合」を掲げ、同号を受けた職免規則が二条五号で「職員がその職務上の教養に資する講演会等を聴講する場合」を挙げて、そのような場合に職務専念義務を免除することができるとしているのであるから、「研修」と「その職務上の教養に資する講演会等」とは相対的に異なる内容のものとして予定されているというべきである。

そして、「研修」は職員の勤務能率の発揮及び増進を目的として行われるものである(地方公務員法三九条一項)から、その典型的なものとしては職員の実務能力の向上に直接資する内容のものがこれに該当すると考えられ、前述のとおり、「その職務上の教養に資する講演会等」がこれとは別個の内容をいうものと考える以上、当該講演会等の内容が、少なくとも当該地方公共団体が処理すべき事務等に関連するもので、当該地方公共団体の職員であれば、一般的に習得しておくことが必要又は有益な内容のものであることをもって足りると解するべきであり、このような解釈は「その職務上の教養に資する」との文言にも合致する。

(二) そうすると、江戸文化の粋を活かした日本のオリジナルファッションの創造とそのために必要な江戸文化への正しい理解や認識を主題とする本件シンポジウムの内容は、墨田区の地場産業であるファッション関連産業の振興にも、また、江戸文化を色濃く残す墨田区の今後の町づくりの指標という意味からも、関連するものであって、墨田区の事務に密接に関連するものというべきであり、墨田区の職員であれば、一般的に習得しておくことが必要、有益なものということができるから、本件シンポジウムが職免規則二条五項、給与減額免除基準二条、別表第一17にいう「その職務上の教養に資する講演会等」に当たることは明らかであり、本件職務専念義務免除承認及び本件給与減額免除承認は、いずれも適法である。

(被告の本案前の主張に対する原告すみだ市民オンブズマン会議の反論)

原告すみだ市民オンブズマン会議には、墨田区に隣接する荒川区に居住する者一名が参加しているが、同人は、税理士及び行政書士の資格を有し、かつ、荒川区においてオンブズマン活動を組織していることから、原告すみだ市民オンブズマン会議の指導及び助言を行う趣旨で参加しているものであり、その他の会員はすべて墨田区内に居住する納税者である。そして、原告すみだ市民オンブズマン会議は、墨田区の行財政改革を目的とし、右目的実現のため、情報公開、住民監査請求、住民訴訟の提起等を主要な手段とする旨を規約に明示している結社である。

住民が、個々に、情報公開、住民監査請求又は住民訴訟についての権利を行使するには多くの困難が伴うものであり、また、右行使により政治的、社会的圧力を受けることとなる現実も存在するため、現在では、全国各地にオンブズマン運動組織が結成されており、オンブズマン運動組織は、確固たる社会的存在となっているものである。

したがって、原告すみだ市民オンブズマン会議には、本件訴訟の原告適格が認められるべきである。

四  争点

以上によれば、本件の争点は、次の各点である。

1  原告すみだ市民オンブズマン会議の原告適格の有無

(争点1)

2  本件職員が本件シンポジウムを聴講することは、「職員がその職務上の教養に資する講演会等を聴講する場合」(職免規則二条五号、給与減額免除基準二条、別表第一17)に当たるか否か。

(争点2)

3  ファッションセンター建設計画が違法であること、本件シンポジウムの開催が違法であること等により、本件支給が違法となるか否か。

(争点3)

4  本件職務専念義務免除承認に当たって、承認権者である本件職員の各所属課長の審査が十分になされていないことにより、本件支給が違法となるか否か。

(争点4)

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  証拠(甲二、同四の一ないし同四の三、同五の一五の一、同五の一五の二)によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 原告すみだ市民オンブズマン会議は、複数の会員から構成され、規約を有する団体であるが、監査請求時及び本件訴え提起時における同会議の規約によれば、墨田区の健全な行財政改革を目指し、区民の立場で区政の誤りを正し、健全な区政確立のため、力を尽くすことを目的とし(同規約二条)、事務局を、東京都墨田区α一-一九-八に置くこととされている(同規約一条)。

(二) 同会議は、右の目的を達成するために、墨田区の保有する情報の開示請求、右情報の精査、疑義のあるときには監査請求、さらには住民訴訟を行い、また、併せて、講演会及び学習会等を開催する(同規約三条)。

(三) 同会議は、その運営のため、代表、副代表、事務局長、事務局次長、会計、監査、幹事、顧問・相談役、参与の役員を置くこととされており、右役員は、総会において、選任される(同規約四条)。

同会議においては、総会及び役員会が行われ、総会は、同会議の最高議決機関として年一回開催され、役員会は必要に応じて随時開催される(同規約五条)。

(四) 同会議の経費は、会費及び寄付金等をもって充て、普通個人会員の会費は年額一口千円である(同規約六条)。

(五) 同会議の平成九年一〇月時点における会員数は一五名であり、同会議の会員のうち、六名の住所は墨田区内に存するが、その余の者の住所は証拠上は明らかではない。

(六) 同会議は、その活動として、広報紙を発行するとともに、墨田区内の小学校数箇所において、同会議の会員をパネラーとして、国際ファッションセンターの建設に関する検討会を主催し、これに対する一般市民の参加を呼びかけるなどの活動を行っている。

また、本件訴えを提起するほか、当庁平成一〇年行ウ第一〇号の住民訴訟を提起するなどするとともに、墨田区監査委員に対する住民監査請求、墨田区長に対する公文書公開請求等を行っている。

2  一般に、権利能力のない社団といい得るためには、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることを要するというべきところ(最高裁一小昭和三九年一〇月一五日判決・民集一八巻八号一六七一頁参照)、右1の各事実によれば、原告すみだ市民オンブズマン会議は、団体としての規約を有し、右規約により、代表の方法、総会の運営方法、同会議の財務に関して一応の定めが設けられ、団体としての主要な点が確定されており、現に、右規約に定める目的に従った活動を行っているものと認めることができ、その活動内容と併せて考えれば、団体としての組織を備えた継続性のある任意団体ということができる。

3  ところで、住民監査請求又は住民訴訟を提起するためには、当該地方公共団体の住民であることを要するものであるところ(地方自治法二四二条一項、二四二条の二第一項)、法人も、地方自治体に対する納税義務を負い、自然人と同様の社会的実体を備えてその活動する区域の地方公共団体の財政のあり方に利害関係を有していることからして、自然人と同様に右各項にいう住民に当たると解すべきであり、また、法人同様に地方税の納税義務者とされている、地方公共団体内に事務所、事業所又は寮等を有し、代表者又は管理人の定めがあるいわゆる権利能力のない社団についても(地方税法一二条、二四条一項四号、二九四条一項四号)、法人と異なった取扱いをすべき理由はないから、やはり地方自治法二四二条一項及び二四二条の二第一項にいう住民として、住民監査請求及び住民訴訟を提起することが許容されていると解すべきである。

4  そうであるとすれば、前記のとおり、原告すみだ市民オンブズマン会議は、権利能力のない社団であって、その事務局を墨田区内に置いて活動しているものであるから、墨田区の住民として、本件訴えの原告適格を有するものというべきである。

5  被告は、原告すみだ市民オンブズマン会議は、専ら、住民監査請求及び住民訴訟を行うことを目的として設立されたものであって、墨田区内に住所を有しない者も会員や代表者になることができるもので、そのような者が主体的、主導的に墨田区の財務会計上の行為の適否等を問題として住民監査請求及び住民訴訟を提起するに際して、住民たる要件を具備することを可能にする団体というべきであり、当該地方公共団体の住民のみが住民訴訟を行うことができるとした地方自治法の趣旨を潜脱するものであると主張する。

確かに、専ら地方自治法二四二条一項及び二四二条の二第一項の定める住民たる要件の潜脱を目的として結成された団体の提起した住民監査請求又は住民訴訟については、これを権利の濫用として不適法と解すべき場合があることは否定できないところである。しかし、本件においては、前記のとおり、原告すみだ市民オンブズマン会議は、権利能力なき社団としての実体を備えており、その構成員の多くが墨田区に住所を有する個人であり、その設立目的を達成するための活動の一環として住民訴訟や住民監査請求を行っているものの、同会議の活動は、これに尽きるものではなく、ほかにも、墨田区内において、小学校で検討会を主催するなど現実に各種の活動を行っているものであることからすれば、同会議が専ら住民たる要件を潜脱して住民監査請求又は住民訴訟を行うために結成された団体であるということはできない。そして、被告が主張するような、会員の中に墨田区内に住所を有しない者が含まれていることや同会議の主導的・指導的な地位にある者の個人としての住所が墨田区以外のところにあるとの事情は、原告すみだ市民オンブズマン会議が墨田区の住民として住民監査請求又は住民訴訟を行う適格を有すると解すべきことの妨げとなるものとは認め難い。

したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。

二  争点2について

1  墨田区においては、職免条例及び給与条例を設けており、職免条例二条は、職務専念義務の免除を受けることができる場合について、研修を受ける場合(同条一号)、職員の厚生に関する計画の実施に参加する場合(同条二号)及び特別区人事委員会が定める場合(同条三号)とし、また、給与条例一五条二項は、勤務をしない場合の給与を減額しないことの承認についての基準を人事委員会が定めるものとする。

そして、これを受けて特別区人事委員会は、職免規則及び給与減額免除基準を定めているところ、職免規則及び給与減額免除基準によれば、「職員がその職務上の教養に資する講演会等を聴講する場合」には、職務専念義務免除の承認及び給与減額免除の承認をすることができるものとされている。

2  そこで、本件シンポジウムへの本件職員の参加が、「職員がその職務上の教養に資する講演会等を聴講する場合」に当たるか否かについて検討する。

原告ら及び補助参加人は、「その職務上の」との限定が付されていることから、職員の現に従事している職務に直接資する知識や技能を修得することができる内容のものに限られると主張する。

しかし、「職務上の教養に資する」との文言は、一般に、「職務における知識や技能として直接役に立つ」ことよりも、さらに幅の広い文化的な知識の獲得に益するものも含む表現として用いられること、職免条例が、「研修を受ける場合」について職務専念義務を免除することを定めながら、これとは別に、職免規則が「職員がその職務上の教養に資する講演会等を聴講する場合」についても、職務専念義務を免除することができるとしていること、職員は、当該地方公共団体内部における人事異動によって、その担当事務が変動することが当然に予定されているものであり、右の担当事務の変動に迅速かつ柔軟に対応することが可能となるような対策を不断に講じておくことには実際上も合理性があること、職務専念義務及び給与減額を免除される期間は、講演会等を聴講する場合など比較的短期間を予定していると考えられることなどからすれば、「職務上の教養に資する」とは、直接に又は長期的にみて、勤務能率の発揮と増進に資すると考えられるもの(地方公務員法三九条参照)のほか、勤務能率の発揮と増進に必ずしも資するとはいえなくとも、当該地方公共団体の職員として、一般的に修得しておくことが有益であり、望ましいものと認められる知識、見識等の修得に資する場合も含むものと解するのが相当であるというべきであって、これと異なる原告ら及び補助参加人の右主張は採用できない。

3  これを本件についてみるに、本件シンポジウムの内容は、前記第二の二2記載のとおりであり、墨田区に息づく江戸時代の文化の内容に関する講演や日本文化がヨーロッパのファッション産業に与えた影響と今後の展望についての講演、ファッションタウン構想に関する講演、さらには、墨田区に残存する江戸文化を活かした産業の発展に関するシンポジウムというものである。

右の本件シンポジウムの内容は、墨田区が、機械金属関連産業とファッション関連産業とを中心とする中小製造業の一大集積地であって、中小企業振興策の一環として、区内及び周辺地域におけるファッション関連産業の振興を図ることとしており、本件協議会において採択されたファッションタウン構想実現をその施策としていることからすれば、墨田区の職員として、一般的に修得しておくことが有益であり、望ましいものと認められる知識、見識等の修得に資するものということができる。

4  そして、職務専念義務免除の承認が、服務の根本基準を定める地方公務員法三〇条や職務に専念すべき義務を定める同法三五条の例外に、また、給与減額免除の承認は、給与の根本基準を定める同法二四条一項の例外にそれぞれ当たるものであることからすれば、職務専念義務免除の承認の要件及び給与減額免除の承認の要件を定めた職免規則及び給与減額免除基準の解釈に当たっては、慎重であるべきであるが、前記認定のとおり、本件シンポジウムの内容は、墨田区の職員として、一般的に修得しておくことが有益であり、望ましいものと認められる知識、見識等の修得に資するものであって、しかも、本件シンポジウムへの参加に伴う職務専念義務免除及び給与減額免除の期間は、四時間と比較的短時間であることも併せて考えれば、本件職員に係る各承認権者の行った本件職務専念義務免除承認及び本件給与減額免除承認は、地方公務員法二四条一項、三〇条及び三五条の趣旨にも沿うものと認めることができる。

したがって、本件職務専念義務免除承認及び本件給与減額免除承認は、いずれも適法である。

三  争点3について

原告ら及び補助参加人は、違法なファッションセンター計画への批判を封ずるという違法不当な目的に基づく本件シンポジウムの開催も違法であるから、本件シンポジウムへの職員動員のためにされた本件職務専念義務免除承認及び本件給与減額免除承認は違法であり、給与の減額をすることなくなされた本件支給は違法であると主張する。

しかしながら、本件シンポジウムの開催の目的が原告ら及び補助参加人が主張するような意図に出たものであると認めるに足る証拠はなく、前記のとおり、本件職務専念義務免除承認及び本件給与減額免除承認は、職務専念義務免除及び給与減額免除の各要件を具備し、一定の公益上の必要性を肯定できるのであるから、原告ら及び補助参加人の主張は採用できない。

四  争点4について

原告ら及び補助参加人は、本件職務専念義務免除承認につき、承認権者たる本件職員の各所属課長は、「職務上の教養」に当たるか否か等の要件審査の裁量権を行使し得る状況にはなく、これらの権限者は承認要件の審査を十分に行わなかったものであるから、本件職務専念義務免除承認は違法であると主張する。

しかしながら、職務専念義務免除の要件審査が十分にされていないと認めるに足る証拠はない。

したがって、この点についての原告ら及び補助参加人の主張は採用できない。

五  以上のとおり、本件職務専念義務免除承認及び本件給与減額免除承認は適法であり、給与の減額をすることなくなされた本件支給も適法である。

よって、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)

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